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監督:新海誠

千年ぶりとなる彗星の来訪を一か月後に控えた日本。
山深い田舎町に暮らす女子高校生・三葉は憂鬱な毎日を過ごしていた。町長である父の選挙運動に、家系の神社の古き風習。小さく狭い町で、周囲の目が余計に気になる年頃だけに、都会への憧れを強くするばかり。

そんなある日、自分が男の子になる夢を見る。見覚えのない部屋、見知らぬ友人、目の前に広がるのは東京の街並み。
念願だった都会での生活を思いっきり満喫する三葉。

一方、東京で暮らす男子高校生、瀧も、奇妙な夢を見た。
行ったこともない山奥の町で、自分が女子高校生になっているのだ。

繰り返される不思議な夢。そして、明らかに抜け落ちている、記憶と時間。
二人は気付く。

「私/俺たち、入れ替わってる!?」

いく度も入れ替わるからだとその生活に戸惑いながらも、現実を少しずつ受け止める瀧と三葉。
残されたお互いのメモを通して、時にケンカし、時に相手の人生を楽しみながら、状況を乗り切っていく。
しかし、気持ちが打ち解けてきた矢先、突然入れ替わりが途切れてしまう。
入れ替わりながら、同時に自分たちが特別に繋がっていたことに気付いた瀧は、三葉に会いに行こうと決心する。

「まだ会ったことのない君を、これから俺は探しに行く。」



なんかすげーことになっていますが、なかなか見る機会がありませんでした。
が。
大ヒットのおかげでいまでもレイトショーをやっていてくれたおかげで、ようやく見ることができました。

正直、新海誠作品がこんなに大ウケするなんて信じられないというか、メディアの力すげー、ブームこえーとしか思ってなかったんですが、ああ、なるほどどうして、こりゃウケますね。過去作と比べると、別物かと思えるほどにエンタテイメント性が高い。それでいて、新海作品最大の特徴ともいえる背景の美しさは健在。そして『秒速5センチメートル』で見せた、映像と音楽の奇跡的なまでのコラボレーションが、演出手法として進化してる!
見逃さずに済んでよかった。

と、ここまでほめておいてなんですが。
2006年、『時をかける少女』を見て「これ以上のアニメ作品にはもう出会えないかもしれない」という超ド級の感動を覚え、しかし翌2007年。
『秒速5センチメートル』を見て、「アニメ作品として完璧だ」と完全に心を奪われました。
あれから9年。
いまだに『秒速』を超える作品には出会えておらず、残念ながら『君の名は。』も『秒速5センチメートル』の牙城を崩すことはできませんでした。
『君の名は。』は、良作佳作、いや傑作と言っても過言ではない作品ではありましたが、ところどころ気になる部分が残り、ラストがどうしてもしっくりこない。

あ、や、と言っても、物語の構成はものすごくしっかりとしているし、ほころびはほとんどというか、全然ないんじゃないかな。時間SFとして考えたとき、どうしてもついて回るのがパラドックスで、そこを突き詰めて考えるとこの作品もおかしいんですが、そもそもこれ、時間SFじゃないし。それは手段であって目的じゃないから、そこまで厳密に考える必要はないわけで。
新海作品の特徴は美しく緻密な背景だと少し前にも書きましたが、それ以上に特徴的なのが、物語が派手でないことだと思います。うん、まぁ、ありていに言えば地味。ほんのちょっとしたすれ違いとか心の機微を上手にすくって、きれいな映像に乗せて丁寧に見せてくれるスタイル。
今作もそうした部分は健在で、この作品も結局は瀧と三葉のすれ違いの物語です。劇中、瀧が奥寺先輩と司に言うように、会ったことのない文通相手に会いに行く、というパターンそのものです。携帯が普及したこの時代、こうした些細な、けれど決定的なすれ違いは駆逐されつくしてしまったので、そのすれ違いを演出するための手段が「入れ替わり」であり、「時間軸」を取り扱った部分なわけですね。
だからそうした手段にこだわりすぎては意味がないのです。
タイムパラドックスが起こるけれど、それはそれとして飲み込めばいいのです。親殺しのパラドックス? パラレルワールド? そんなもん知ったことか。今回の物語にはなんの関係もないよ。

そう。
この物語は瀧と三葉のすれ違いの物語であり、物語の根幹がとてもはっきりしっかりしているので、迷いようがない。
とてもはっきりした筋道に、背景同様緻密に作りこまれた構成がどっしりとした安定感を与えています。
いいね。うん。
そのうえ、どんでん返しとか、隠された秘密とか、そういうあっと驚くようなギミックもない。
本当に、素直に、ストレートに物語を味わえる。

かといって、単調なわけではもちろんありません。
そこは飽きさせない工夫が実に巧み。
こうなればいいな、こうなるんだろう、次はこうなって! という観客が望んだ展開が絶妙のタイミングでやってくる。
このセンスはすばらしいですね。
そしてそして。
音楽ですよ。
『秒速』の「秒速5センチメートル」は、もう、今年の流行語でいうところの神ってる出来で、それはもう「one more time, one more chance」の力と映像の力が相乗効果でお互いを高めあっていたわけですが。
あのときは第3章――というか、クライマックスにそれを配置することでさらにより一層魅力を際立たせていたのですが。

今回は。
この『君の名は。』は。

この映像と音楽の融合を、要所要所の演出として使っている。
オープニングからわしづかみですよ。ていうか、そもそもオープニングってこういうものだったじゃん。音楽と映像の力で一気に作品へと引き込んでしまう。
それがところどころいいタイミングでやってくるので困る。いちいち痺れる。物語の方向性とか作り方とか全然違うけど、この音楽の使い方は『フリクリ』っぽいなーと思いました。とにかくかっけえ。
それでいて、この音楽と映像の融合はクライマックス、というか、物語や登場人物たちのここぞ! という場面には使われない。そこがまた上手い。これはあくまでも演出手法なのであって、やはり主題は登場人物たちの心の機微なのですよ。
みんな、時間SFっぽい手段や音楽を用いた演出に騙されるんじゃないぞ! この作品の一番コアな部分は、地味なボーイミーツガールなんだぞ! 一瞬心が動いた瞬間をきちんと丁寧に描き出した、すっごいオーソドックスな物語なのでした。

はい。こりゃ、年代関係なくウケるよ。


では、いったいなにがひっかかって、あのラストのなにがしっくりこなかったのか。

忘れるじゃないですか。
瀧も。
三葉も。
夢の出来事だから、起きたら忘れてしまう。
うん、まぁ、それはいい。
それがどんどん夢と現実の比重が拮抗してきて、記憶が保たれるようになってくる。うん、それもいい。
でも、瀧が糸守にたどり着いたときに、記憶は薄れていく。携帯に三葉が書き溜めていたはずの日記までもが消えてしまう。
ん? と思うけれど、まぁ、その辺も飲み込もう。そういうもんなんだ。
つまり、この作品では、徹底的に瀧と三葉をすれ違わせ続けることが芯としてある。
これは作品のど真ん中を貫く絶対にぶれてはいけないテーマだと思う。
というか、思った。
この二人がすれ違うことを前提に、この物語は存在している。
それが破られるのは、序盤から意味ありげに登場していた「黄昏/誰そ彼/彼は誰」時なわけで。そこが、時間と空間も何もかもを超えて、二人がすれ違わない唯一の時間であり、それがまたほんのわずかであるからこそ、意味があるわけで。
それなのに。
なんで最後に再会しちゃうのか。
いや、まぁ、ね。少し前にも書いたけれど、これは実にオーソドックスな物語で、しかも観客が望むものを絶妙のタイミングで提示してくれる作品です。つまり、あの流れで行くと最後に二人が再会するのは誰もが望むことで、だから当然の帰結ともいえる。実際、僕も見ながら「なんで忘れちゃうんだよ、思い出せよ、がんばれよ!」と思っていました。
でも、まぁ、この作品のテーマから言って、都会の中ですれちがって終わりなんだろーなーと思っていました。
というのも、『秒速』がまさにそういう終わり方でしたしね。
あれは、再会せずすれ違うからこそ良かったのであり、最高のハッピーエンドだったと思います。ええ。『秒速』は貴樹と明里が再会しないからこそのハッピーエンドなんですよ。
そういう意味で、この作品は『秒速』のセルフリメイクという側面も持っているのかな、と思っていた部分もあります。貴樹と明里は文通もしていたしね。それに引きずられていた部分も、いま思うとあるのかも。

それが。
それが!
嗚呼、どうしてああなってしまうのか。

いや、まぁ、『秒速』云々のくだりは僕の妄想なわけなので別にあれなんですが、作品の芯からいって、やっぱりあの二人は最後もすれ違うべきだったんじゃないかなー、と。そうとしか思えないんです。
でも、まぁ、百歩譲って再会するとしても。
ああいう運命的な再会、じゃじゃーん、みたいのじゃなくて、本当にもうすっかり忘れてしまっていた二人が、大都会の中で偶然肩でもぶつかって再会する。まったくの初対面状態で、二人はお互いに戸惑いながらも「君の名は……?」と本当に一からの出会い、そう、再会ではなく、このときが初めての出会いとして描かれていれば。黄昏時ではなく。日の光のあるところで。それはもう夢なんかではなく。現実の、出会い。これならまだ納得できたかもしれない。

ううう。
自分にとってアニメ作品の二大巨頭、『秒速5センチメートル』と『時をかける少女』、この二作品とも主人公の少年少女が別れることでハッピーエンドを迎えるという作品なわけで、これはもしかしたら単純に自分の趣味の問題なのかもしれません。ここまでいろいろ書いといてなんですが。
そうなるとただの壮大ないちゃもんですね。
ううう。
でも、あの流れからすると。ブレちゃうよなー。
ぐぬぬ。
しかしいい作品であることには変わりない……。


そう。
今回超ひさしぶりに映画館に行って愕然としたんですが、本編前の予告編がひどい。
ていうか、上映予定作品がひどい。
まったく心惹かれない。
予告見ただけで「あ、もういいです」っていうレベルですらない。なんだあれ。
あんなのしかやってないんだったら、もう迷わず『君の名は。』を繰り返し見に行きますよ。
『君の名は。』がいい作品であることは間違いないけれど、それ以上にロングランの理由はこういうところにもあるんじゃないのか、と邪推せずにはいられません。
もっと無理してでも映画を見なきゃな、と思いました。
いい映画を見て、少しでも還元しないと。
テレビいい加減にしろよ。いやほんと。


最後は『君の名は。』とは関係のない愚痴になりましたが、以上『君の名は。』を見た感想でした。
最後の最後に一言。
奥寺先輩のブラチラの破壊力はヤバい。


映画『君の名は。』公式サイト
http://www.kiminona.com/
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