せりふの時代 vol.45 2007年秋号

小学館

芥川賞のニュースを見て、また本谷作品を見たくなりました。
いままで見た中では『ファイナルファンタジックスーパーノーフラット』が最高傑作だと思うのですが、残念なことにこの作品はDVD化されていません。
なので古い雑誌を引っ張り出してきて戯曲を読みました。

以下、FFSNFのあらすじ。

東京郊外にある、休業中の遊園地。お客もいないというのに、自らうさぎの着ぐるみを着てパレードをし続けている経営者のトシロー。
彼のまわりにいるのは、「ユク」という名の、同じ髪型、同じ服装、同じ仕草の女達。現実よりも辛い妄想の中で生きるトシローと、現実から逃れ、妄想の中に生きる気力を見出す女達の、奇妙な共同生活。

あああ。やっぱりおもしろい。
これって９年も前の芝居なんだよなぁ。でも、戯曲を読んでいるとあのときの興奮が鮮やかに蘇ってきます。ああ、高橋一生気持ち悪かったなぁ！（ほめ言葉）
吉本菜穂子最高だったなぁ。

はじめはわけがわからないんですが、完璧に閉じた世界に他者が投入されることで波風が立つ。その波風が観客に次々と情報を届けてくれるわけです。
おお、これって平田オリザが『演劇入門』で書いていた戯曲の作り方そのものだな。奇想天外なように見えて、きちんと堅実な作りをしている。奇矯でトリッキーなのはあくまでも登場人物なのであって、戯曲自体がぶっ飛んでいるわけではない、と。やるな本谷。さすが。

トシローはいわゆるイタい人間で、わかりやすい「オタク」です。屁理屈も理屈でしょ、みたいな、土台が決定的にずれているのに自分では口が達者で正論を述べているつもりのダメ男。
普通ならこういう男の妄想は妄想のままであり、現実に打ちのめされてるのが常なんですが、トシローは違う。
トシローは親が財産家であったことと、縞子という絶対的な服従者がいたおかげで、現実の中に妄想を実現させてしまう。
そして現実に浸食してしまった妄想に、現実で生きることに疲れ果てた女達が囚われ、妄想の中でようやく生きることができている。

本来なら実現するはずのなかった妄想が顕現しているだけではなく、この作品においては、その妄想が現実をも超克してしまうという逆転現象が起きている。

これはものすごく強力で堅固です。
このトシローの妄想の世界の中では、外の世界、つまり現実の世界の「常識」はまったく通用しない。なぜなら、この空間においては、トシローの妄想そのものが現実だから。ここでは、「常識」こそが妄想でしかないのです。
これを外側から眺め、記述し、打ち壊すのは存外簡単なことです。
しかし、内側に入り込んでしまうとそうはいかない。
どれだけ「この世界は狂ってる」と叫んでも、その「狂った世界」を土台としている人間にそんな言葉はまったく届かないのです。

本谷作品といえば、過剰に肥大しまくった自意識を持ったキャラクタたちが、その肥大した自意識によって屈折しまくった性格を遺憾なく発揮し、エゴとエゴのぶつかり合う様が魅力だと思います。
しかしFFSNFにおいては、「トシローの妄想」というトシロー自身のエゴを、縞子はじめ登場人物の女達が「支えたい」という、エゴとエゴの対立というかエゴがエゴを支え合うというような構成となっています。

この気持ち悪さ！

人間ってなんて罪作りで欲深いんだろう、と感嘆のため息が漏れてしまいます。
エゴはときには対立することなく、重なり合うことでよりグロテスクになるんだなぁ。
おお怖っ。


しかしこの強力で強固な世界は、その妄想の要であるトシローがあっさりと手のひらを返すことであっけなく崩壊してしまいます。
それは妄想がとうとう崩壊し現実に対峙しなければいけなくなる、というようなありがちで簡単な話ではなく、妄想がより純化し昇華した結果、その他の部分をかなぐり捨てることでなんとか妄想の核だけを握りしめることにした、という話です。
ああ、妄想、捨てなくていいんだ。
ていうか妄想捨てないために現実に還るんだ。
うわー、これからどうすんだこいつら。

もはや自分の手の中に収まるレベルに凝縮されてしまった妄想は現実を浸食することはできず、現実によって叩きのめされることは火を見るよりも明らかだというのに！

何も変わらず、何も守らず、何も生み出さず、それでいて一歩動いてしまう。
それが前進なのか後退なのかは分からないけれど、動かざるを得ないという。

なんとも据わりが悪いんだけど、これ以上のラストはないんだな、と妙に納得してしまう。
そんな戯曲です。


小説書くなら、FFSNFの小説版書いて欲しい。
微に入り細をうがち、もっと赤裸々に丸裸にされた縞子を読んでみたい。