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監督:イ・チャンドン

海辺の村にソウルから所長として赴任してきた若い女性警官ヨンナムは、14歳の少女ドヒと出会う。ドヒは実の母親が蒸発し、血のつながりのない継父ヨンハと暮らしていて、日常的に暴力を受けている。無数の傷跡がドヒの過酷な日々を痛々しく語っていた。村人達は老人ばかりの集落で、若くして力を持つヨンハの横柄な態度を容認し、ドヒに対する暴力ですら見て見ぬふりをしている。そんな状況にひとち立ち向かっていくヨンナムは、ドヒにとって守ってくれる唯一の大人だった。秘密を抱えて孤立するヨンナムもまた少女の笑顔に癒されてゆくが、やがて激しく自分に執着するようになってきたドヒの存在に少し戸惑いを憶える。
ある日、偶然にもヨンハは衝突を繰り返していたヨンナムの過去を知り、社会的に破滅へと彼女を追い込んでゆく。ヨンナムを守るため、すべてをかけてドヒは危険な選択をする…。


知人の感想を見て、なにがあっても外せない映画だと思いました。
だって、ペ・ドゥナの円熟の演技とか。それどんなごちそう。
うん。
最高でした。
ペ・ドゥナはもちろん、役者の演技は申し分なく、ストーリーと演出がまったく過不足なく作られているという。
傑作――いやいや、大傑作でした。

この作品では、説明はまったくなされません。
ペ・ドゥナ演じるヨンナムが雨の中車を走らせるシーンから始まり、次のシーンではその隣に警官が乗り道案内を務めている。
一体なんなんだ? どういうことなんだ? と疑問符が頭をかすめますが、画面の中で交わされる会話を追うことで、いろいろな事情がわかってきます。説明臭さはまったくなく、本当に自然な会話です。そこに散りばめられた情報を拾い集めることで、こちらが必要とする情報がそろっていく。
いいですね。
いかにも、といった説明台詞、説明シーンはなく、淡々とそのものの姿を描写することで輪郭をつかめるように計算された脚本。
すべてを完璧に説明するのではなく、事情を把握するのに最低限の輪郭をつかむだけ、というこのさじ加減がまたすばらしい。

ヨンナムはエリート警察官だったが、なにかしらをやらかして、田舎の漁村にある派出所の所長として左遷されたらしい。
という基本的な状況が把握できたところで、ヨンナムは同級生からいじめられ、保護者からも虐待されている少女、ドヒと出会います。
このドヒの事情については、よそ者であるヨンナムが村の人間に訊く、という形で開陳されますが、これは当然といえば当然すぎる展開で、これまた説明臭さを感じることはまったくありません。

ヨンナムの過去やドヒの過去について、この作品ではわずかな情報と伝聞でしか観客に語りません。観客はそれらを手掛かりに推定するしかないわけです。
この過去の部分はヨンナムが左遷され心を閉ざしてしまう原因ですし、ドヒの人格形成にかかわる部分でもあるので、事細かに見せることでいくらでもドラマチックに、どこまでもグロテスクに、呆れるほどエロティックに、もう、韓国映画お得意のどこまでもどぎつい映像作りができてしまいます。
しかし、この作品では回想シーンを用いません。
淡々と余計な演出は一切なく、時間軸はまっすぐ現在のみを捉え続けます。
過不足なしのこの演出!
それでいて、物足りなさはどこにもない。
語らないことで語るこの手法が、感情を表に出さず心を閉ざしたエリート警官と虐待を受ける少女の中で秘められ抑圧され続けている悲鳴を表しているかのようで、そっくりそのまま見せつけられるよりもずっとずっと強く、心に訴えかけてくるものがありました。

そのほかにも、台詞ではなく演出で見せる、という点で秀逸だったのが食事のシーン。
ヨンナムがドヒを保護する前は、食材どころか調理器具さえ見当たらない殺風景なキッチンで、ひたすらヨンナムが酒を飲むシーンしかありませんでした。
そこに生活感はまったくなく、無機質で冷ややかな画面には、ヨンナムの抱える孤独や心の傷が満ち溢れていました。また、歓迎会なのか、村の宴会に出席しているシーンでも、村人の陽気で楽しそうな様子とは裏腹にヨンナムの仏頂面と食事を前にしてまったく手をつけない様子から、他者に対して心を閉ざしていることがひしひしと伝わってきました。

ところが、ドヒを初めて保護したとき、はじめてヨンナムのキッチンに火がともります。きちんとした食事が作られ、二人はそれを囲むのです。
確かあのシーンではドヒがむさぼるように食事を摂っているかたわら、ヨンナムはほとんど手をつけていなかったように思います。
ヨンナムの心はまだ閉ざされてはいるけれど、ドヒに対して少しだけ開かれた様子がうかがえます。
そして、その後本格的にドヒを保護してからはヨンナムが料理をする姿が描かれ、温かくおいしそうな料理をふたりで食べています。

この落差!

言葉での説明はなくとも、ヨンナムとドヒの心が癒され潤っていくさまが言外に充分以上の力を持って描かれているのです。

また、かつての恋人がヨンナムを訪ねてきたときの夕食。
テーブルに並べられた食事の不味そうなこと! そしてそれにほとんど手をつけず、酒ばかりをあおるヨンナム。
ドヒに対して開きかけた心がここではまったく開かれておらず、むしろ閉ざされていることがはっきりとわかります。
大袈裟でもわざとらしくもなく、ただ食事のシーンを随所に挟むことで人物の心情を的確に表す。
非常に上手い演出だと思いました。


また、「私の少女」というタイトル。
これもまた秀逸でした。
心に傷を負った女性と少女が出会い、交流する中で絆を深め互いに救われる物語。
というと、年齢や社会的立場などからいって、ヨンナムが「私」でドヒが「少女」なのだと思ってしまいます。
しかし、見終わってみると、必ずしもそうではないのではないかと思えてきます。

ヨンナムは周囲の状況や社会のシステムに迎合せず、自らが正しいと思う道を進むという、ある種の潔癖さと正義感を持っています。長いものに巻かれることはなく、自らの持つ力を「正しいこと」に使うことに躊躇はしません。

ドヒは周囲にあわせ自らを装うことが上手い。無邪気にアイドルの踊りを真似ているシーンからも伺えるとおり、物真似が上手いということは、それだけ観察眼があり適応できるということですからね。なにせ学校でも家庭でも暴力にさらされ続けているので、いままで周りの顔色を窺うことでしか生きてこれなかったのでしょう。
ドヒのこの生き方は、彼女の生命の存続と不可分となっているため、徹底的であり容赦がありません。自らを守るためならなんでもする。

この二人の生き方を見ていると、まるでヨンナムの方が「少女」のようで、ドヒの方が「女」のように見えます。

そして、ヨンナムとドヒの関係は、ドヒが一方的にヨンナムに依存しているように見えますが、実は互いに依存し合うことで成り立つ関係でもありました。
言ってしまえば、傷つき迫害される大人が自分と同じように迫害される少女を保護した、というそんな生やさしい物語ではなく、理不尽に傷つけられ迫害されるふたりが、互いの傷をなめ合って立ち上がる物語、だということです。
このお話の中では、ヨンナムが「私」であると同時に「少女」であり、ドヒも「少女」であると同時に「私」でもあるのではないでしょうか。

ハングルは読めないので原題がどんなものなのかはわかりませんが、もしこれが直訳ではない邦題だとしたら、ずいぶんいい仕事をしているなぁ、と感嘆してしまいます。


そしてなにより、最初の方にも書きましたが、役者の演技がすばらしい。
主役の二人はまた後においとくとして。
ドヒの養父、ヨンハ役のソン・セビョク。
わっかりやすくうるさい韓国男を大好演。韓国映画ってがちゃがちゃうるさいイメージがありますが、今作は基本的に静か。舞台も、人物も。
そんな中、彼一人で特有の「うるささ」を保っていました。それでいてやりすぎ感はそれほどなく。
あと、そのヨンハの母親役なんか、もう、まんまその辺にいるオバサン。
女優って言うか、本当にそこら辺から連れてきたんじゃないかと思ってしまいます。
あとはヨンナムの赴任先の派出所の警官たち。
決して活躍はしないんだけど、ヨンナムの仕事仲間だからこそ、要所要所で登場してきます。
大活躍も邪魔もしないけど、脇を固める良い仕事をしています。
この脇役たちがいるおかげで、かなり安心して主役の二人をじっくり眺めることができるのでした。

では主役について。

ドヒ役のキム・セロン。
よくもまぁ、あんなに難しい役をこなせるものよ。
初登場時のまるで幽霊のようなたたずまい、ヨンナムと触れ合うことで徐々に明るくなっていく様子、嫉妬から自傷行為を繰り返す狂乱、自分を守るために平気で嘘をつき人を陥れる悪女、寄る辺なく打ち震える子ども……。
ひとりで複数の役をこなすようなもので、しかしそれでいて「ドヒ」はひとりなわけだから単純に複数役をこなすのとは違うわけです。
いやほんと、いい役者だなぁ、としみじみ思いました。

そしてヨンナム役のペ・ドゥナ。
おお……。おお……!!
10代の頃のように、とはさすがに言いませんが、まだあどけなさやみずみずしさを表現するには十分。
それでいて、年を重ねた分にふさわしい色気や妖艶さも醸し出していて。
というか、彼女は若い頃からその両方を兼ね備えた演技ができていたわけですが、その割合が変わって、いい具合に厚みが増していますね。
本当に良い女優になりました。なりましたっていうか、昔から抜群だったんですけど、さらに良くなりました。
もうサイコーです。
あの、ラスト直前、ヨンハの家でのドヒとの会話。その後、海辺での会話。そしてラストシーンで車を運転するときの表情。
その時々であきらめているものは異なるけれど、いろいろなものを次々とあきらめていく様を、見ているこちら側にズバズバと伝えてきます。時々刻々と変化していくヨンナムの心理を見せつけてくる様は圧巻の一言。
ストーリーラインを追っていけば、公式サイトにあるように「ふたりが背負わされた過酷な運命から一歩前へと踏み出す、希望の物語。」といった見方も当然に成り立つけれど、そんな生易しいお話でないことは一目瞭然です。
ぞくぞくします。
今年のていうか、ここ数年で最高の映画でした。

うん。
ここ数年ほとんど映画見ていないから説得力ないかもしれないけれど。


私の少女
http://www.watashinosyoujyo.com/
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