脚本:岡田惠和 / 日本テレビ
マンガの世界から登場人物が飛び出してきて、作者である女性と恋に落ちる……という、なんていうか、ファンタジックなあらすじを読んで、あまりにもおもしろくなさそうだったので逆に見てみたくなりました。
そして。
見てよかった。びっくりするくらいおもしろかった。
少し時機を逸した感はありますが、録りためておいたものをようやく見終えたので。
今期は『シェアハウスの恋人』、『泣くな、はらちゃん』、『dinner』の三本を楽しみに見ていましたが、中でも、『はらちゃん』がダントツにおもしろかった。
このドラマのすばらしいところは、とてもシンプルなことを当たり前に描いた作品だった、ということです。
人が人を思うこと。
ただそれだけで世界はうつくしい。
主役の一人が、マンガの登場人物だという一見おそろしく馬鹿馬鹿しい設定が、最高に気の利いたギミックとなって働いていました。
はらちゃんをはじめ、登場人物は現実世界のことはなーんにも知りません。
なにせなにもかもが初めて見るもの、初めて経験することなわけです。つまり究極の世間知らずですね。
だからこんなセリフが簡単に言えてしまいます。
「あれはなんですか?」
あれは車です、あれは犬です、あれはギターですetcetc。
こうして単純に初めて見る文物の名前を尋ねる中、不意に深い質問を混ぜてくる。
「好きってなんですか?」
本当に世間知らずなんだなぁ、いまどき子供だってこんなこと言わないだろう、と苦笑し――はたと気づきます。
そう、自分の中に、その問いに答える言葉を持たないことに。
はらちゃんたちは、見ている私たちが当たり前だと思っていてわかったつもりでいる事柄、だけどきちんと説明できないけどいまさら誰にも訊けないことにおける代弁者だったのです。
そして物語は「好き」や「片思い」「両思い」といった恋だけにとどまらず、「死」そして「愛」にまでその手を伸ばしていきます。
序盤のコメディタッチの軽いノリから、中盤以降の深みを増したエピソードを経てシリアスな展開に移行するのかと思いきや、絶妙のバランスでコメディであり続けたことも非常にすばらしかった。
最終的に越前さんは現実世界で生きることを決め、はらちゃんはマンガの世界で生きることを決めます。
別離。
しかし、これまでのエピソードを通してきちんと「好き」や「死」、「生きること」について真剣に考えてきた彼ら彼女らは、全然湿っぽくない別れ方をします。
越前さんとはらちゃん、そして百合子さんが居酒屋で交わす会話。
「離れていても、私と越前さんは両思いだからです。私は幸せです。神様と両思いで
すから。こんなに幸せな人は、どの世界にもいないと思います」
「でも、意地悪なことをあえて訊くよ? いまは両思いかもしれない。でも、越前さんがほかの人を好きになってしまったら? はらちゃんより、もっと」
「それで越前さんが幸せでしたら、私も幸せです」
「……そう。はらちゃん」
「はい?」
「その気持ちを、愛っていうんだよ。その気持ちを誰かに持てるってことは、とっても幸せなことなんだよ」
泣いた。
まさかこのドラマを見て泣くことになろうとは。はじめは全く予想もつかなかったなぁ。
そしてラストシーンが、また、本当にすばらしい。
越前さんは相変わらずマンガに愚痴を書きますが、それは以前よりずっと前向きになっています。そして、そのマンガの世界である殺風景でくたびれた居酒屋には、登場人物たちの好きなものがあふれています。もう、それだけでもやさしい気持ちが伝わってきます。
そして最後の最後、雨の中走る越前さんはつまづいて転んでしまいます。そこに落ちる影。越前さんが顔を上げると、そこには傘を差しだすはらちゃんがいたのでした。
主役の二人が決定的に別離するハッピーエンド。
湿っぽくなくからりと明るい、い~い終わり方でした。
やっぱり好きだ。岡田惠和。