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監督:細田 守

泣いた。
とてもやさしく、いいお話でした。

写実的であるべき、という意味でのリアリティを求める人とか、キャラに対する感情移入を求める人には受けが悪い作品だろうな、と思いました。

主人公である花は、一人の人間・キャラクタというより、「母」というものの化身として描かれ、こどもに無償の愛を注ぐ存在として描かれます。そしてここに投影される「母」とは、男性の勝手な視点から見た母性に対する憧れなのだと思います。ただただこどものためを思い、こどものために行動し、こどものために生きる。
だから、花は「母親」であって「人間」ではなく、現実的でないことが多々ありますし、感情移入する余地なんてほとんどないわけです。

でも、だからはっきり見えるものもあって。
自分が「花=理想の母親」になることはできなくとも、花の言動、行動、仕草、表情、とにかく花の中に自分の親の姿を垣間見ることができるはずです。
だって花は極端にデフォルメされた母性そのものですから、その欠片は必ず現実にいる母親の中にあるはずなんです。その欠片がどんなものかは人それぞれ違います。でも花ならそれをカバーできる。
感情移入を許さず、母親を客観的にあぶりだすという手法で、自分の母親を思わせる。
大人に向けた童話だな、と思わずにはいられません。

また、この映画のタイトルは『おおかみこどもの母』ではなく、『おおかみこどもの雨と雪』。
大いなる母性である花に包まれ育てられた雨と雪の物語でもあるのです。

雨と雪は、成長するにしたがってひとつの選択を迫られます。
つまり、おおかみとして生きるのか、人間として生きるのか、です。
個人的な好みからいえば、人間とおおかみのアイデンティティの間で揺れ動く様をもうちょっと描写してほしかったです。
あ、いや、描写が足りないというわけではないのですよ。
「どうしておおかみは悪者なの?」と涙を流す雨や、「なんか獣くさいんだよな」という悪気ない一言に想像以上に深く傷つく雪とか、最低限の描写で実に饒舌に語っているんです。
が。
雨がおおかみの感性でもって山のすばらしさを姉に伝えようとし、雪は人間の感性でもって弟の情熱を否定する、あの姉弟げんか。ああいう、おおかみこどもの間でのすれ違い、価値観が徐々にかみ合わなくなってくる様子をもうちょっとしっかり描いてほしかった。

おおかみとして生きるか、人間として生きるか、この選択と決断は、「おおかみこども」であるからファンタジーっぽく見えるけれど、これってこどもの自立そのものです。
終盤に「雨は自分の世界を見つけたんだよ」という台詞がありますが、つまりそういうことなんですよね。
親離れの末に、自分の世界を見つけられるか。
ああ、思春期っぽくてどきどきしますね。児童文学のきらめきが感じられます。

あと、この作品でも、前作の『サマーウォーズ』で見せた「人と人のつながり」というテーマはしっかりと生きていました。
助け合い、支えあい、善意には善意を、好意には好意を返す。
当たり前のようだけど実は難しいこんなことを、細田さんは本当にさらりと描いてしまうから困る。気づいたら胸がぽっかぽかになっていて、わけもなく泣いてしまう。


『時かけ』や『サマーウォーズ』とはまた違った毛色の作品ですが、今回もすごくよかった。
個人的には、『時かけ』>>『おおかみこども』>=『サマーウォーズ』って感じですかね。
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