監督:アン・リー
2007年 / 中国、アメリカ
1942年、日本占領下の上海。抗日運動に身を投じる美しき女スパイ、ワンは、敵対する特務機関のリーダー、イーに近づき暗殺の機会を伺っていた。しかし、危険な逢瀬を重ねるうちいつしかワンはイーに惹かれていく。
↑というあらすじからして、特務機関のリーダーと女スパイの緊張感溢れるやりとり、一流の情報戦、そして任務と自分の感情の狭間で懊悩する女スパイ……というお話を思い浮かべていました。
が、映画が始まってすぐにびっくり仰天。
普通の大学生じゃん!
てっきりプロのスパイ(プロの定義がなんなのかはよく分かりませんが)だとばかり思っていたので、ぽかーんとしてしまいました。
演劇学生たちが、「次の芝居はなににする?」というのとまったく同レベルで、過激な抗日運動に身を投じていく様子、そして“役作り”のために処女を惜しげもなく捨ててしまう様子、ついには人を殺してしまう様子。
驚くくらいに劇的な変化、が、驚くべきドラマ性もなく描かれていた。
はじめはこの前半部は、当時の社会情勢などを考慮すれば仕方ないのかな、と思っていたけど、よくよく考えてみればそうでもないのかもしれない。
いつどんな時代の若者だって、自分の信念のためにはなんだってできるものだろう。
今回は、それが抗日運動だっただけで。セックスや恋愛がその目的の手段だったってだけで。
巷にあふれる恋愛至上主義者には随分奇異で衝撃的に映ったことだろうなぁ。普段自分たちが至上の目的として掲げるものを手段として使い捨てられているのだから。
まぁ余談はともかく。
一旦は失敗するワンたちですが、時を経て再び千載一遇のチャンスに遭遇します。
ワンは巧みにイーに近づき、とうとう愛人の座を得ます。
そしていつでも暗殺を実行に移せるようになったときには、ワンはどうしようもないくらいにイーに惹かれてしまっていたのです。
所属する立場も所持する思想も正反対の二人ですが、その境遇だけは非常に似通っています。
組織のため、人を欺き、自らをも欺き続ける毎日。
どこでなにをしていても気の休まらない二人。
その二人が、唯一なんの虚飾もまとわずにいられるのはベッドの中だけだった。これで惹かれるな、という方が無理な話です。
クライマックスの宝石店でのシーンがものすごく良かった。
絞り出すようにワンの告げた「逃げて」という言葉。
あれを口にするのに、ワンは一体どれだけの覚悟を必要としたのだろうか。すべてを失うわけです。自分の命はもちろん、仲間の命も、もう少しで手に入るであろう組織の目的も。
でも、あのときのワンが考えていたことはたった一つ。
イーの命を失うか、イーの信頼を失うか、だったのだと思います。
結局ワンは後者を選択しました。イーが与えてくれた愛、イーのワンに対する信頼は失われてしまったけれど、イーの命は失われずに済んだ。
彼女は目的を達したわけです。
それが、あの銃殺の際の涼やかなまなざしだったのでしょう。
ラスト、コーション
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