羽海野チカ / 白泉社

ひなたが同じ高校の一年生として入学。
零は高校三年生となり、学校も将棋の戦いも充実した生活を送っていたが――
その穏やかな日々に波乱が起こる。
川本家に現れた歓迎されぬ来訪者とは…?
少年の成長を実感する前進の第10巻。
様々な人間が、何かを取り戻していく優しい物語です。
ひなちゃんが笑顔で学校に通っていて、友達とご飯を食べている。ああよかったなぁ。よかったねぇ、ひなちゃん。初っ端から泣けてくる。
ところで、困難に直面したとき、いかに対処するのか。
正面切って戦って、乗り越えたぞ克服したぜ成長したんだコンチクショーみたいなのが物語、特に少年漫画でよく見かけるパターンです。
というのも、この困難を打ち破る流れというのが、少年漫画の王道パターン「努力・友情・勝利」にピタリと合致することと、起承転結に当てはめやすいというか、もうそのものズバリで作劇しやすいからじゃないのかなーと思います。
今回ひなちゃんが直面した困難に対する対処法は正にこれで、がんばって乗り越えたからこそ、いま笑っていられるんだといった類のものです。
それに対し、桐山くんの「孤独な学校生活」に対しては、全然違うアプローチが取られています。
直面した壁を打ち壊すのではなく、見方や光の当て方を変えてみることで、壁が実はついたて程度のものだったとか、壁は依然として壁だけれど、壁があることに意味があったとか、現状は変わらないけれど「まぁいっか」と言える心持ちになったとか。そういった解決法が示されています。
前者は外圧に対処する場合に良くハマり、後者は内圧に対処する場合に良くハマる。
端的に言えば「敵」が第三者なのか自分なのか、という違いですね。
基本的に「誰かと戦う」ことが目的となる少年漫画に前者が多いのはそういうわけもあるのだと思います。
で。
羽海野さんは後者の描き方が非常に上手くて、ていうか前作の『ハチクロ』はもう正にそのオンパレードでたまらないおもしろさでした。
今作も登場人物達の細やかな心理描写に、将棋や人間関係といった外的要因を絡め、丁寧に気持ちを積み重ねていくことで後者による解決を描いています。
そこに、将棋の対戦ゲームという側面が少年漫画としてのおもしろさを加えており、物語的にも登場人物の心情的にも絶妙な緩急がつき、非常におもしろくなっています。
この10巻は正にその集大成的な作りになっていて、前巻までに蒔かれたタネを前半で回収し決着をつけ、後半で新たな困難をどーんとぶち込んできています。
そして、それに対抗するのは、前述の前者と後者のハイブリッド。
打ち砕くべき「敵」は眼前にあり、しかしただ単純にその「敵」を打ち倒すだけではなんにもならない。その「敵」をどう受け止めて、自分にとってどういう風に消化すべきなのか。
あーぞくぞくするー。
おもしろいよー。
しかしこうして考えてみると、将棋って、対戦ゲームでありながら、その敵は対戦相手であると同時に自分自身でもあるわけで、羽海野さんの作品に最高に合ってますね。