忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

柴崎友香 / 新潮社

1945年に広島にいた祖父。
大坂で生まれ育ち、2010年の東京で一人で暮らす36歳のわたし。
無職生活を続ける友人の中井、行方不明の「クズイ」……。
戦争や震災など過去の記憶と、65年前に書かれた作家の日記が交錯し、現実の時間が動き始める。

わたしは、かつて誰かが生きていた場所を、生きている。

『虹色と幸運』の感想に、柴崎さんの作品の登場人物は寄る辺なく、不安を抱えていると書きました。
この作品の主人公はさらにそうした要素を煮詰めたような人物造詣で、不安が色濃く顕れ、それが不安定な自我となり、自らの不安定さのバランスを取るために「戦争」という過去の記憶にこだわっています。

全体的に主人公の不安定感がにじみ出ており、読んでいてなんだかすわりがよくありません。
ぐらぐらと揺れ動く主人公と、そこかしこに差し挟まれる戦争の描写。
ゆるやかに、しかし確実に壊れている主人公を見続けるのはなかなかつらく、このままじゃ駄目になるとわかってはいるのですが、目を離すのも怖い。
こうして主人公の不安が読者に感染していくのですが、そこに差し出される救い。
それが無職のプロ、友人の中井です。
これがなんとも言えず上手い。

中井は、柴崎作品ではおなじみとも言えるキャラクタ。
底抜けの明るさというか、とてつもないポジティブシンキング。基本的に根無し草で、芸術をかじっている。この中井の振る舞いが、主人公とともに、読み手である我々をも救ってくれます。
でも、本を閉じ、この世界から離れてよくよく考えてみると、この中井の生き方もかなり不安定。
働くとすれば短期バイトで稼ぐ、あとは友人の家に居候してぶらぶらしてる。
ただ、好奇心は旺盛で世の中を楽しむ術を知っているから、金がなくても別にいい。人当たりが良くて人懐っこいから、人に頼ってなんとなくやっていける。
でも、こうやって生きていけるのも、あと何年なんだろうか。

多分中井視点で物語を紡ぐと、今度はまた別種の不安、不安定感が顕現するんだろうなぁ、と思います。
そうすると、今作の主人公のような人間がある種の救いにも見えてくるんでしょうね。
人間誰しもどこかが過剰でどこかが不足していて、一見バランスが取れているように見えても、それはただ単にそう見えているというだけなのだと思います。
わたしに足りないものを中井が補い、中井の足りないものをわたしが補う。
人間関係って、基本的にみんなそんなもんなのかもしれませんね。


まぁ、それはともかく。
この作品で一番印象深かった、というか秀逸なシーン。
主人公と、その数少ない友人、有子。
有子が彼氏と店を出すから、主人公にいまの仕事を辞めてそこで働かないか、と誘います。
徐々に主人公もその気になっていくのですが、ある日突然、彼氏の実家である厨子にいくことにした、店もそちらでするから仕事の話はなかったことにしてほしい、と告げられます。
「わたしに対して、むかついてる?」
「うん。それなりに」
「そう」
言葉が途切れ、自分の周りは静かなことに唐突に気づいた。
(中略)
一呼吸してから、わたしは言った。
「むかついてるかって、聞いてくれて、ありがとう」
「期待させるようなこと言って、ごめんなさい」
「そうね。手遅れだよ」
「えっ、もう仕事辞めちゃったとか?」
「辞めてはないけど、辞めざるを得ないね。得ないね」
「えーっ、まじ?」
それからわたしは職場の文句をしばらく言い続けた。電話を持ったまま、片手でやかんに水を入れてコンロにかけて麦茶を作った。

いいなぁ。
崖っぷちぎりぎり、一歩間違えればそのまま友情が断絶してしまう局面で、お互いになにも取り繕わない。弁解も世辞もない。こんな掛け合いのできる友人がいるってのは、実にうらやましいことですね。
さきほどの中井といい、この有子といい、この作品は友情の描かれ方が特にすばらしい。
いいなぁ。
この記事にコメントする
name
title
color
mail
URL
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret (チェックを入れると管理人だけに表示できます)
PR
カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
ブログ内検索
Copyright ©   input   All Rights Reserved
Design by MMIT simple_plain Powered by NINJA TOOLS
忍者ブログ [PR]