川上弘美 / 講談社

この人は、きっと少し前に本気の恋をしたんだろうな。
なんとなく思った。
そしてそれはもう、終わったんだろうな、とも。
虚と実のあわいを描く掌編小説集
一発目、「琺瑯」を読んでぐりっと心の隅をつかまれました。
たったあれだけのページ数で、驚くほど微妙な心理を細かに掘り出していました。
琺瑯の洗面器に爪の当たる音、という記述を読んだとき、耳の奥にその音が聞こえたような気がして、いままで読んだいくつかの川上弘美作品も確かにそうだったんですが、すごく強烈にそう思いました。
表題作「ハヅキさんのこと」と、「吸う」もすごい良かった。
別に全然そんな作品じゃないのに、読んでいて艶っぽくて色っぽくてどきどきした。
「ハヅキさんのこと」のふたりの関係(二人して駄目な男に惚れていて、終いにはフラれてしまう。そして、飲みながらそのことを指摘しあう)、「吸う」のお酒を飲みながら交わされる会話、その表現がなまめかしいんですよ。
幻想的というのでも、うつくしいというのでもなく、実に艶っぽい作品集だと思いました。