江國香織 / 文藝春秋

二人なのに一人ぼっち、ただふわふわと漂っている。寄る辺もなく。
結婚して十年、幸福と呼びたいくらいな愉快さとうすら寒いかなしみ、安心でさびしく、所在なく……。日々たゆたう心の動きをとらえた怖いくらいに美しい、連作短編小説集。
たとえば、登場人物の感情をそのまま単語にしたんじゃしょうがない。
「●●はうれしかった。」とか、「△△は深い悲しみにおそわれた。」とか。
うれしいんなら笑わせるとか、口調を軽くするとか。悲しいんなら泣かせるとか、ため息をつかせるとか。登場人物の行動や言動、ちょっとした仕草や雰囲気で感情を匂わせる。
そういうのが、文章の醍醐味って奴だと思うんです。
江國さんの文章を、そこに紡がれる物語を読んで、そっくりそのまま、そこにあるだけの意味でのみ捉えると、わけ分かんないんだろうなぁと思います。行間をどれだけ感じ取れるか、が、決め手じゃないかと。
主人公の夫、実に不思議な生態の奇妙な生き物に見えます。
読んでいる間はすさまじく違和感を感じるのですが、ページを閉じ、女性視点から現実の世界に帰ってくると──いままで感じていた違和感がすーっと溶けていきます。
不思議でもなんでもない、ただの男。
でも、またページを開くと同じ感覚に囚われます。
それは、江國さんの作品というのは、純度100%の女性視点による女性感覚なのだからではないかと思います。
理屈ではなく、感覚。
感じる、ということ。
ようやく、僕がなんで江國さんの作品を好きなのかがつかめた気分。感覚なんで、言葉にすると逃げてしまうけれど。