川上弘美 / 文藝春秋

女にはもてるのに人間界にはなじめなかった蛸、七世代前の先祖にひとめぼれする二百歳の女、曽孫の前に突如現れ、放浪の果てに自然神となった曽祖母、男の家から海へと帰る海馬―。人と、人にあらざる聖なる異類との交情を、説話的な要素と日常のリアリティを融合させて描いた玉手箱のごとき8つの幻想譚。
『古道具屋中野商店』を読みたいなぁと思って棚に行ったら、こっちの方が目についたので。川上弘美初読み。
童話集、というのが一番しっくり来る作品群。日常のふとした隙間を的確に突き、そこに幻想をきれいに当てはめてすっきりとまとめてあります。
この人の文章は、なんだかすごく艶っぽい。なまめかしいのでもいやらしいのでもなく、むしろ淡々としているのに、とても色気がある。
「島崎」がすごく良かった。先祖に一目惚れした女性の話なんですが、長寿にウィルスとか科学技術の発展とかいう理由を持たせることもなく、ただの長寿だという背景がいい。
400歳まで生きる人もいれば60歳で死んでしまう人もいる。
そうした世界においては、生命がすごく希薄。生きていても死んでいても、その境がひどく曖昧なのですね。
その中で紡がれる“欲情”という言葉がひどくうつくしく感じられます。
ただ肌と肌が触れあうということのかけがえのなさがくっきりと際だっていて、目を瞠ります。生きていること、誰かを好きであることって、実にすごいことなのです。
夕陽を浴びてさめざめと泣くふたりの姿を想像し、はらはらともらい泣きしてしまいました。