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あさのあつこ / 講談社
no6_2.jpg
犯罪者として矯正施設に連行される直前、紫苑はネズミによって救出される。そしてNo.6の“ゴミ溜め”である西ブロックへとたどり着く。そこは力がすべてを支配し、皆自分のことに精一杯で他人のことなど全く気にもとめない。いままで生きてきた世界とのギャップに紫苑は驚きながらも、徐々にそこでの暮らしになれていく。
そんなある日、紫苑の親友・沙布が矯正施設に連行されてしまう……。


聖都市・NO.6をかろうじて脱出した紫苑ですが、西ブロックでの暮らしは生半可なものではありません。
飢えと寒さ、貧困によってあっけなく失われる命。誰もが自分のことしか考えていない。聖都市を脱出して初めて、紫苑は生と死を目の当たりにするのです。

しかし、それでも紫苑は愚直なほどまっすぐでありつづけます。
他人を想い、疑うことを知らず、ただただ一途であり続ける。すごく単純なことなのに、これは非常に難しい。
#3のあとがきで、作者は言います。

「なぜ闘うのか、なぜ愛するのか、なぜ憎むのか、なぜ殺すのか……彼らの心に添うて、彼らの心と共に揺れて、考え悩み嘆息を繰り返しているうちに、枚数がつきました。」

ステキですね。
血湧き肉躍るアクションシーン、どろどろとした愛憎劇、うつくしい心象風景。文章で読者を魅せる方法はいくつもあります。
なぜ血湧き肉躍るアクションを演じなければいけないのか、なぜそこまで愛し憎むのか、なぜうつくしいものをうつくしいと感じられるのか。
それらを描かなくても、文章や言葉のセンス、エピソードの組み合わせで、読み物は成り立ってしまうのです。
しかし、そこを省かずにきっちりと取り組むのは大変です。エンタテイメント性が損なわれるのを始め、きれいごとに終始してしまう危険性だって秘めています。内面に近付きすぎて、物語が崩壊することだってあり得ます。
そこをきっちり描き、胸のすくような爽快感を与えてくれるなんて。
前にも一度書きましたが、児童文学というフィールドは、こうした作品がごろごろしている本当にすばらしいジャンルです。人間は生まれたときが最も敏感で、年を取るごとに鈍感になっていきます。そんな鋭敏な子供達に向かって書かれたものなんですから、当然といえば当然なんですけどね。

次巻ではとうとう矯正施設に潜入。
生きるか死ぬかの大アクションです。
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