『東京こんぴ』で「東京」を聴いて虜になったので、ベストアルバムを買ってみました。
このアルバムは、倉橋さんが「解体」宣言をした後に出た、本当の意味でのベストアルバムらしく、15曲入りのCD2枚組み、なんと30曲が収録されています。
だからおそらく、このアルバムを聴くことで倉橋ヨエコという歌手を俯瞰することができているはず。
「東京」を聴いたときは「スタイリッシュな矢野絢子」と評しましたが、とんでもない。
もっとタテタカコや小谷美紗子に近い、狂気と紙一重の位置にある歌い手さんでした。
叫ぶような歌うような囁くような様々な声音で紡ぎあげられる世界は重く軽く甘く苦く優しく冷たく、様々な顔をして近づいたり遠ざかったりしていきます。
つまり、もう、結構なんでもありです。
よくもまぁ、こんなにいろいろな曲を書いて歌えるもんだと感心します。
3巡するまでは正直良さがよくわからなかったりもしましたが、この不安定さが、もうすでに確固としたスタイルなのだということに気づき、その確固とした不安定さこそが、もうどうしようもなくむきだしな「女」そのものの表現なのだということに気づくと、俄然魅入られてしまいます。
その昔、『なぜ彼女は愛しすぎたのか』という映画を見ました。
この映画は30歳の女性と13歳の少年の年の差カップルのお話でしたが、30歳女性の胸の内に巣くう漠然とした不安を少年特有の無邪気と無思慮さでつつき回される(しかも少年には悪気がない!)、そのリアルな感触に寒気を感じました。
しかし、それは僕が当時まだ20代で、しかも男性だったから客観視でき、その程度ですんだのだろうと思っています。これがリアルに実感できる年齢で、しかも女性だったなら。ああおそろしい。
そして、倉橋さんの歌も、この映画と同じような威力を秘めている、と感じました。
僕は男だから。
「ああ、女って怖い。女ってきれい。女ってグロい。女って女って女って」
と頭で理解するから魅せられる程度で済んでいるのであって。
共感というか実感、そう、実感できる女性だったなら、どうなんだろうな、と思います。
受け入れるか拒否するか、どちらにしろ両極端で、「へー、なかなかいいんじゃない」とかいう人はあんまりいないような気がします。
本当に秀逸な詩が多いのですが、「輪舞曲」という歌の、サビ部分が特にたまらない。
甘いよ しょっぱいよ 甘いよ しょっぱいよ
シュークリーム食べながら ぽろぽろ泣いて
甘いよ しょっぱいよ 人生これの繰り返し
だからいいんじゃないって 思います
痛いよ 温かいよ 痛いよ 温かいよ
人の手は悪魔だったり 天使だったり
痛いよ 温かいよ 出会いはそれの繰り返し
だからいいんじゃないって 思います
こうして文字だけで見ているとそれこそ「へー」てなもんですが、倉橋さんの声が、感情がここに乗ってくると、たまらなく苦しくなります。
ああ、うつくしいなぁ、と、素直にそう思います。
一時期、タテさんのライブ情報を集めていると、よくタイバンで倉橋さんの名前を見たものでした。
当時はそれほど頻繁に遠征できる身分ではなかったので、まぁまた今度と思いながら見送っていたのですが、もう、あのときの自分に蹴りを入れたい。
せめて一回くらい行っときゃよかった。この二人のツーマンライブとか、も、身も心も持ってかれるに決まってる。
嗚呼、本当にもったいないことをした。