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吉野朔実 / 集英社

夢見がちな文学少女・狩野都は、幼い頃、病弱だった兄の代わりをするかのように、自分のことを男の子だと思って過ごしていた。
兄は死ぬ間際に「もう僕の代わりはしなくていいよ。都は女の子なんだから」と言い残し、都は5歳にして一からアイデンティティを組みなおさなくてはいけなくなってしまう。

思春期を迎えた都は心理的にも肉体的にも「女」になることを受け入れられず、意思の力で初潮を止めてしまうほどであった。彼女は少年としての自分を描いた小説『少年は荒野をめざす』を書くが、これを編集者である友人の兄が勝手に文学賞にエントリーして受賞する。都は現役の学生小説家としてデビューし、さらに小説を書き続けていくことになる。

そして高校入学後、都は黄味島陸という、かつて少年だった自分がそのまま成長したような陸上選手の少年に出会い、双子のようによく似た魂をもつ「もう一人の自分」に惹かれていく。
都と陸、その友人たちは風変わりな美形の作家・日夏雄高(ひなつ ゆたか)の家をサロンのようにして集う。やがて彼らは陸の出生をめぐる秘密や、少女作家としての都を病的につけ回すストーカーが現れるなどの問題に巻き込まれてゆく。都と陸は悩みの中で自分の存在を見つめ、時に死の誘惑に惹きつけられながら、それぞれの道を見つけてゆく。



「ダ・ヴィンチ」の少女マンガ特集の端っこにこの作品が載っていて。それを見たら、もう、異常なまでに再読熱が高まってしまいました。
少女マンガに名作は数多あれど、この作品のすばらしさは別格過ぎると思うの。

これから先、もう二度とこんな作品は出てこないだろうな、と思います。
というのも、この作品は、少女の少女による少女性の否定と肯定の物語だからです。

主人公である狩野都は幼いころに兄と死別したことがきっかけで、自らの性別を見失ってしまっています。なにせ意志の力で生理すら止めてしまい、親友に告白されたときには「菅埜は狩野が女だから好きになったの?」という問いかけを発してしまうほどです。
屈折していますねー。
しかしここでポイントなのは、狩野はLGBTではない、ということです。男になりたいとか、女になるのが嫌だとか、そういう性的にどうのこうのではないのです。
ここで描かれている少女性の否定とはそのものずばりアイデンティティの喪失であり、少女性の肯定とはアイデンティティの獲得なのです。

さて。

この「少女性=アイデンティティ」という図式ですが、現在ではほとんどその姿を見ることができなくなってしまいました。いまだにこの図式を駆使している桜庭一樹はその稀有な例外だと言えると思います。マンガじゃないけど。

ではなぜなのかと考えたとき、ターニングポイントは「美少女戦士セーラームーン」だったのではないかと思います。
もうその名のとおり、美少女戦士、つまり戦闘少女が、他でもない少女マンガの世界に誕生したことにより、少女マンガで描かれてきた「少女性」は変貌を遂げたのです。
もちろんそれ以前に戦闘美少女がいなかったわけではありませんが、戦闘美少女が少女たち自身によって強く肯定されたという点が非常に大きかったのではないでしょうか。

というわけで、この作品が描かれた頃といま(というか「セーラームーン」以後)の「少女性」ががらりと変質してしまっているため、冒頭に書いた「これから先、もう二度とこんな作品は出てこないだろうな」という感想になるわけです。

で。

ここで描かれるアイデンティティとしての少女性はとても繊細で儚く、そうした題材に加えて、画面の美しさ、非常に詩的なモノローグ、心理学を下敷きにした容赦のなさといった、もう、まさに吉野朔実の得意とする作劇がものすごくマッチしていて。
少年少女たちのきらめきはより一層輝かしく、無力感は泥のように重く、漠然とした閉塞感はどこまでも息苦しく、一縷の希望はどこまでも遠い存在として描き出されています。
思春期真っ只中に読めば色々と共感できるだろうし、思春期を過ぎた後に読めばノスタルジーに包まれる。
物語は狩野を中心として紡がれ、少女性がその中心に居座っているわけですが、少女でもなんでもない僕が読んでもそのおもしろさは少しも損なわれることはありません。

それは結局少女性をめぐる物語が、イコールとしてアイデンティティをめぐる物語だからに他ならないわけで、そこで性別の垣根を悠々と超えた魅力が厳然として存在しているというわけですね。

魅力と言えば、登場人物。
この作品は、登場人物たちがとても魅力的。
思春期の少年少女たちのアイデンティティをめぐる物語となると、登場人物たちはどうしても内省的になりがち(なんといったって彼ら彼女たちには大いに悩んでもらわなければいけないのですから)で、事実狩野なんかは非常に繊細で内省的な一面を持ち合わせていますが、その根っこはオプティミストで意外と細かいところは気にしない、ていうかむしろ天然(当時そんなカテゴリはなかっただろうけど)というような性格になっています。

その周りにいるのも、お勉強はできてもどこか抜けている部分があり、そして本人にもその自覚が大いにある菅埜だったり、自他ともに認める熱血野球バカ小林少年だったり、恋と嫉妬にまみれ陰湿ドロドロ系かと思いきや、腹を割ってみればさっぱり割り切りがよく意外と姉御肌な海棠ちゃんだったり、結構不幸な生い立ちながらもあっけらかんとしており、女たらしというか人たらしで、しかしその実色々暗いことを考えている黄味島陸だったりと、バラエティに富んでいてまったく飽きることがありません。

しかし、しかしですよ。

この作品で一番魅力的なのはやっぱり日夏さん。
いい年してセーラー服の女子中学生を口説いてみたり、料理はからっきしだけど卵焼きとおにぎりだけは芸術的なほどに上手だったり、「夢を見たことがない」と真顔でうそぶいてみたかと思ったら、「だから夢を追いかける少年少女が好きなんだ」と堂々とのたまってみたり、評論家のくせに狩野のことが心配だからと土木労働者として学校の工事現場に出入りしてみたり、書き置きを残して傷心旅行に出かけてしまったりする、あの日夏雄高ですよ。
好き。
もう、ものすっげえ好き。
昔は日夏さんのような大人になりたかった。けれど、年を重ねるごとにそれは誤解だったことに気が付いた。僕は日夏さんが大好きで、だから日夏さんの側にいたかった。だから目指すは清村さん。ヤン・ウェンリーに憧れるがゆえにユリアンになりたかったのと同じベクトルですね。ナンバーツーというか、補佐役願望? いや、補佐ができるわけじゃないから補佐役でもないのか。好きな人を隣で眺めていたい? いやいや、小娘の恋愛観かそれ。うーん、我がことながら、この辺はもっとつきつめるとおもしろそうな気配がします。

閑話休題。

すでに十分長くなってしまっていて、でもこの作品についてならもっといくらでも語れる気がしますが、キリがないのでここらで最後に、この作品のラストについて。
非常に抒情的で美しく、深く心地良い余韻を残すラストを描く少女マンガ家と言えば、緑川ゆきさんが他の追随を許さないと思うのですが、この作品のラストは緑川作品を圧倒するすばらしさです。

初めて読んだときはしばらく放心してしまいました。
狩野と陸の若さゆえの暴走が終わり、日夏さんが見事なオチを付け(あの書置きは本当に秀逸。あんなにも滑稽で物悲しい三枚目っぷりは見事としか言いようがない)、本当に最後の最後のシーン。
あのうつくしさ。
結局この作品はこのふたりがお互いの中に「失われた自分」を見出し、それに決別を告げる物語なわけで、となればラストはこのふたりが決別をするシーンに他ならないことはわかるんですが。
演出が見事すぎて。
マンガにおけるモノローグの力強さを身を以て味わいました。いやはや、モノローグはこんなにも「語る」んだな、と。頭ぶんなぐられたような衝撃でした。
ふり向くと

私の記憶から
とき放たれた夢の少年は

荒野をめざして
走ってゆくのだ

あの時
そうしようと
したように


何処までも



何処までも

嗚呼、何度読んでも、身体が震える。



最後といいながら、もう一つだけ。
ラストシーン一歩手前、陸がたび助(飼い犬)を葬るシーンもめちゃくちゃ秀逸でした。
陸が妹たちに向けた最後の言葉。
おまえら
俺を
忘れるなよ

あ いいや
うん
忘れていいんだ

俺は
憶えているから
それでいいんだ

俺は憶えているからそれでいいんだ。

人間は誰かの記憶に残っているかぎり、決して死なない。「いなかったこと」にはならない。
ゴーイング マイ ホーム』でも語られていましたね。
男子高校生が行き着くにしては渋すぎる結論ですが、黄味島陸という人格をとても端的に表していますね。

ああ、本当に、もう、この作品は名言が多すぎる。
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